山下賢二『ガケ書房の頃』(夏葉社)

ガケ書房の頃 [ 山下賢二 ]
「ガケ書房」という、一度聞いたら忘れられない名前。
壁から車が突き出した、一度見たら忘れられない外見。
本好きな人なら誰もが必ず目にし、耳にしたであろう京都の本屋さんは、
多くの方に愛されながら2015年に移転、「ホホホ座」と改名し、現在に至ります。
そんな〈ガケ書房の頃〉の11年を、店主の山下さんが幼少時代の出来事を交えて綴っています。
いえ、幼少期を含めて、山下さんの人生全てがそのまま「ガケ書房」だったのかもしれません。
私はこの本を買ったあとも、すぐには開けませんでした。
深呼吸して、背筋を伸ばして、なんだったら正座をして読む。
自分にはそれくらいの覚悟が必要と感じたからです。
それはなぜか。
この本には、本屋の楽しさ、面白さだけではなく、その痛みや苦しみが切々と語られているはずだと思っていました。
本屋を始めてまだ半年も経っていない自分には、きっと共鳴するところが多く、とても受け止めきれないのではないか。そんな気がしていたからです。
そしていざ読み始めると、それは間違ってはいませんでした。
物件探しや開店準備、オープンを迎えた日のこと。
金銭の問題や、売り上げの低迷、続けていく難しさ。
未来への希望や期待感、日々の喜びや楽しみ。
それらと交互に、時には同時にやってくる不安感や焦燥、諦めの気持ち。
ページをめくるごとに必ず自分の中に響く言葉や出来事があり、
胸が締め付けられるように感じたところも1か所や2か所ではありません。
心臓をヒリヒリさせながら読んだ、というのが正直なところでしょうか。
そしてそれは、その日の自分の心境とも必然的にリンクして、
売上が良かった日には少し余裕を持って読み進むことができるのに、
売上が悪い日にはやはり手に取るのをためらってしまい、読むとどうにも気持ちが沈む。
本と付き合う上での濃度が日々変わり、そしてそれによって翌日の自分の気持ちやあり方も
大きく変化してしまう。それくらい大きな影響を感じる本でした。
本屋に限らず、個人店の場合には店主の心の持ち様が全てです。
「続けよう」と思えば、例え苦しくてもそれなりに続けられるし、
「もうやめよう」となれば、ある程度の売上があったとしてももう続けられないでしょう。
そんな気持ちの浮き沈み、自問自答を繰り返しながら日々は続いていきます。
この本が自分にとって大切な1冊になったのは、
そういった迷いや苦しみがはっきりと、ありのままに記されているからです。
これからの本屋をどうするかといったことや、流通のあり方をどうする、といった話は、
本屋を語ったり始めたりする際の1つのヒントにはなります。
でもその前に、本屋をやるということはこういうことなんだ、ということを決して飾ることなく示してくれた。
そしてその厳しさを語った上でなお、新たなチャレンジをする姿を見せてくれた。
つまずきながらも前に進む勇気をもらったような気がします。
本書に綴られているのは決して希望に満ち溢れた物語ではありません。
ですがここで感じたこと、気づいたことを、希ったり望んだりすることはいくらでもできます。
そこから進んだり、開いたり、つながっていくことはできるのです。
だからこの本からはやはり希望をもらったのだと思います。
迷いながらも歩き出し、その決して楽ではない歩みを続けてゆくための希望を。