9月の刊行直後に完売し、長らく品切れとなっていた『早稲田文学増刊 女性号』(筑摩書房)、ついに重版分が入荷しました!
大型書店で見かけても、絶対に自分の店で手に取るのだと言い聞かせて2ヶ月以上。
ようやくこの日が訪れました。
小説、詩、短歌、エッセイ、対談……。
古今東西82名の女性たちによる文章は、「女性」と「書く」ことについての関係性、その熱量や切実さ、現実や辛苦を私たちに提示します。
掲載されているのは、今村夏子、津村記久子、藤野可織、松田青子、村田沙耶香、樋口一葉、石垣りん、伊藤比呂美、茨木のり子、銀色夏生、最果タヒ、蜂飼耳、文月悠光、松井啓子、多和田葉子などなど。
女性たちの言葉が詰まったこの本はなんと軽やかで、そしてまた重たいのでしょうか。
「電話帳のよう」と形容されていますが、ここに連なる言葉は現在だけでなく過去にも未来にも繋がります。
あえて「女性」を切り口にするという挑戦。
でもこれは決して女性のためだけの読み物ではありません。
我々全てが体内に取り込み、何度も何度も咀嚼し、
自らの生きる糧とすべき一冊です。
社会を変えるかもしれない、本当にそう思います。
長いですが、責任編集の川上未映子さんによる巻頭言を抜粋します。
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数年前、ある女性作家と話していたときのこと。
「いつだったか、どこかの文芸誌が女性特集みたいなことをやって、書き手を全員女性にしたんですよね。でもわたしあのとき、古いなあって白けちゃって。今さらフェミって感じでもないしなあって思ってしまった」。
わたしはその文芸誌の存在を知りませんでしたが、女性が女性について語ったり書いたり、読んだりするそんな特集があるなら読んでみたいと思いました。毎月、無数に刊行されているなかでそんな雑誌があって当然だし、論壇誌や思想誌では逆のことが当たりまえに起きているのに、なぜそれが女性になると特殊な出来事のように思われるのだろう。他愛のない会話の中の彼女の何気ない発言をわたしはその後、折にふれ思いだすことになりました。とくに脈絡もなく、ふとしたときに頭をよぎるのです。
今回、早稲田文学の外部編集委員になり、責任編集というかたちで特集を組むにあたって、わたしはすぐに「古くて白けて今さらフェミ」と件の彼女が感じたような特集をぜひやってみたいと思いました。
(中略)
「どうせそんなものだろう」、そう言ってあなたに蓋をしようとする人たちに、そして「まだそんなことを言っているのか」と笑いながら、あなたから背を向ける人たちに、どうか「これは一度きりのわたしの人生の、ほんとうの問題なのだ」と表明する勇気を。それが本当のところはいったいなんであるのかがついぞわからない仕組みになっている一度きりの「生」や「死」とおなじように、まだ誰にも知られていない「女性」があるはず。まだ語られていない「女性」があるはず。そして、言葉や物語が掬ってこなかった/こられなかった、声を発することもできずに生きている/生きてきた「女性」がいる。そしてそれらは同時に、「語られることのなかった、女性以外のものやできごと」を照らします。
そこで本当は何が起きているの。
あなたは、どこからきて、どこへいくの。
ねえ、いまあなたは、なんて言ったの?
いつもあまりに多くのことを見過ごして、そしてまちがってしまうわたしたちは、まだ何にも知らない。わたしたちは知りたい。わたしたちは書きたい。わたしたちは読みたい、目のまえにひろがっているこれらのすべてがいったいなんであるのかを、胸にこみあげてくるこれがなんであるのかを、そしてそれらを書いたり読んだりするこれらが、いったいなんであるのかを、知りたい──その欲望と努力の別名が、文学だと思うのです。
川上未映子
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出版社:筑摩書房
ISBN:978-4480993120
本体2,200円+税
http://hiruneko.thebase.in/items/9215572


