齋藤孝
≈『なぜ本を踏んではいけないのか』(草思社)
なぜ本を踏んではいけないのか 人格読書法のすすめ [ 齋藤 孝 ]
本はただの「情報」ではなく、読書もまた「情報入手の手段」ではない。
本には著者の生命と尊厳が込められていて、本を読むという行為は、それらを感じ、刻みつける行為だ。
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著者は目の前にいるわけではないが、深く静かに語りかけてくる。優れた人格を持った人が、努力に努力を重ねて到達した認識を、読み手である私たちにていねいに語りかけてくれる。私は本を読むとき、著者が自分一人に向かって語りかけてくれているように感じながら読むようにしている。
著者の凝縮した話を独り占めにして聴くことができるとは、なんとぜいたくな時間であろうか。だから、本はけっして高くない。
本は「モノ」ではない。本を著者そのもの、著者の人格の表れと思って読むことは、本の効用を格段に高めてくれる。著者と一対一で過ごした時間は、自分にとって貴重なものとなるのである。
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年に365冊以上の本を買い、本に埋もれた生活を続ける著者による、読書法のすすめ。
読書案内、“とりわけ踏んではいけない本110”も。
〈読書は「自分をつくる最良の方法なのである。〉
〈自分探しをしている暇があったら、本を読んで欲しい。〉
本は絶滅危惧種ではない。
生きていくために必要な「糧」だ。


